再生医療に関する社会意識調査 

2017年03月07日
NTTデータ経営研究所は「NTTコムリサーチ」登録モニターを対象に、「再生医療への細胞提供に関する社会意識調査」を実施しました。

2015年の再生医療関連諸法の施行以降、新たに再生医療等製品が薬事承認を取得するなど産業化に向けた動きは加速しています。再生医療の中身に注目すると、患者自身の細胞を使う自家再生医療に比較し、あらかじめ準備可能な他人の細胞を用いた他家細胞製品が産業化の観点からは有利であると言われていますが、他家細胞製品の承認件数は未だ1件にとどまっています。産業への波及効果を高めるためには他家細胞製品の実用化が課題となりますが、そのためには原料となるヒト細胞の国内における安定的な供給体制が必須となります。安定的なヒト細胞供給を実現するための細胞提供者(ドナー)をいかに確保するのか、その道筋を検討するために再生医療や細胞の提供に関する現状の社会意識を調査しました。

アンケート調査では、再生医療に好意的な回答が多く得られ、約60%の回答者が自身の細胞を提供しても良いと答えるなど、良好な結果が得られました。また、関連情報の提供や献血経験やドナー登録など複数の要因が再生医療や細胞の提供に関する積極性と関連することが判明しました。さらに細胞提供に関しては、「わざわざ提供のために採取施設を訪問しなければならないこと」、「採取時の侵襲性」、「採取した細胞の本人利用可能性」も意思決定に影響を与えることが判明しました。

なお、調査の設計にあたっては江上美芽(東京女子医科大学/国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)及び中村洋(慶應義塾大学大学院経営管理研究科)の両氏にご監修頂きました。

【背景と調査の視点】

 再生医療においては、2013年に再生医療推進基本法や再生医療安全性確保法などが国会で成立し、また薬事法の改正によって条件付きの早期承認制度などが設けられるなど、再生医療の早期の治療応用に向けた環境整備が進められている。実際に新制度を活用した製品が2製品上市されたほか、治験や臨床研究の実施件数も増加傾向にあるが、一方で産業全体への波及効果が期待される他家細胞製品の承認数は1件に限られ、研究段階のパイプラインを見ても限定的である。そのため、現状では他家細胞製品の実用化に取り組む個々の企業が海外から細胞を調達するか個別に協力者を探索している状態であり、公的にアクセス可能な産業用細胞バンクや臓器や骨髄ドナーのように協力者をプールし細胞を安定的に提供する仕組みなどは実現していない。
 このような他家細胞製品については、特に製造段階で安定的にヒト細胞が供給されることが必要であるが、細胞の採取方法や活用方法に対する情報不足から来る不安感、倫理的な取り扱いの難しさ、個人情報保護上の課題、適切な費用構造構築の困難さといった観点において国民の理解が得られにくいと考えられていた。
 2014年の科学技術振興機構社会技術研究開発センター(戦略的創造研究推進事業)プロジェクト調査においては、細胞の採取・仲介・提供体制と費用・作業責任について整理され、リビングドナーへの侵襲的組織採取、通常は廃棄される組織の有効活用、デッドドナーの献体組織の活用について実施機関とその役割の可能性が示されている。この調査結果を受けて、研究・産業の両面において公的にアクセス可能な仕組み作りに着目し、実務的な課題について経済産業省や日本医療研究開発機構を中心に複数の調査・検討が実施されてきた。国民の受容性や協力の在り方についても同様に現状を確認しつつ、状況に応じて協力可能性を高めるための方策を検討する必要があるところであり、本調査においては細胞提供者(ドナー)側の受容性について調査した。

【主な調査結果】

1.再生医療に対しては概ね好意的な反応が得られている
・再生医療のキーワードとしての認知度は80%であった。
・再生医療治療を選択する可能性は70%程度であった。
・再生医療を実施するための細胞を提供できる人は全体の60%弱であった。

2. 再生医療治療を受けることに対して好意的な層の特徴は、献血経験があること、重病の経験があること、身体の一部を保管していること
・複数回献血した経験がある場合、献血した経験が無い回答者に比べ20%程度多くの回答者が再生医療治療を受けたいという回答が得られた。
・自分や家族が重病にかかった経験がある場合、無い場合に比べて20%程度多くの回答者が再生医療治療を受けたいという回答が得られた。
・身体の一部を保管している場合、ひとつも保管していない場合に比べて10%程度多くの回答者が再生医療治療を受けたいという回答が得られた。

3. 再生医療実施のための細胞提供に対して好意的な層の特徴は、献血経験があること、重病の経験があること、身体の一部を保管していること
・複数回の献血経験がある場合、献血経験が無い場合に比べて20%程度多くの回答者が細胞の提供が可能という回答が得られた。細胞が再生医療の治療目的の場合も、研究目的の場合も傾向は変わらなかった。
・重病にかかった経験がある場合、重病にかかった経験が無い場合に比べて20%程度多くの回答者が細胞提供が可能という回答が得られた。同様に治療目的の場合も、研究目的の場合も傾向は変わらなかった。
・身体の一部を保管している場合、全く保管していない場合に比べて10%程度多くの回答者が細胞提供が可能という回答が得られた。同様に治療目的の場合も、研究目的の場合も傾向は変わらなかった。

4. 細胞提供の協力者は、「提供時の訪問の煩わしさ」、「侵襲性」、「提供した細胞の他人優先利用」が意思決定に影響を及ぼすと回答している
・細胞を提供する際の条件として、1)わざわざ医療機関などを訪問する必要があること、2)細胞を採取する際に侵襲性を伴うこと、3)採取した細胞が全て他人が使用してしまうことがどの程度細胞提供の意思決定に影響を及ぼすのか聞いたところ、採取にあたって1)わざわざ訪問をする必要があることが最も影響を及ぼすという回答が得られた。

5. 提供に係る不安を払しょくするような体制を構築することによって、協力者を増やすことができる可能性がある
・細胞を提供しない理由として、「使われ方などが不明であり、不安を感じる」が挙げられた。
・細胞の提供に際しては、病院または公的機関で責任を持って説明・採取・取扱することで、安心感が得られるという回答が得られた。

【調査結果】

1.再生医療に関する認識

1.1 再生医療に関する用語の認知度について

 下図に再生医療に関する用語の認知度を示した。2012年の京都大学の山中伸弥教授のノーベル医学・生理学賞の受賞により再生医療に関する報道が多くなされるようになったこともあり、「再生医療」について「専門知識がある」、「自分でネットなどで情報収集を行うなど、内容まで知っている」、「テレビや新聞などで見聞きしたことはあるが、内容までは知らない」をあわせると80.7%が少なくとも「再生医療」について聞いたことがあると回答している。また受賞の決め手となった「iPS細胞」では84.7%が少なくとも聞いたことがあると回答しており、再生医療に関する用語の認知度としては最も高かった。

1.2 再生医療の治療としての選択度について

 次いで、自身が患者になった時、再生医療を治療として選択するかどうかについて聞いた。医薬品や医療機器などの従来治療法が「ある場合」は70.8%、従来治療法が「ない場合」は73.9%が再生医療を「積極的に選択する」、「医師の説明に納得すれば受ける」、「各種情報を自分で確かめて納得すれば受ける」のいずれかを選択した。
 また、従来の治療法が「ある場合」と「ない場合」の両方で、「医師の説明に納得すれば受ける」と「各種情報を自分で確かめて納得すれば受ける」を合計すると50%以上となる。「納得することができる情報が提供される」ことを条件に再生医療を選択する人が増えることから、患者に対する適切な情報提供が重要であると考えられる。
 本レポート中では示さないが、再生医療に関する情報をどのような方法で入手しているのかについて聞いた設問では、主に「テレビ番組」、「新聞記事」、「インターネット、SNS」から情報を入手しているという回答を得られている。また、「再生医療に関する情報が得られない」という回答も28.4%存在した。これらの結果より、病気にかかり治療法の選択を迫られた状態で冷静な判断を下すためにも、普段から再生医療に関する適切な情報提供がなされている必要性があると考えられる。

1.3 再生医療を実施するための細胞提供への協力について

 再生医療を医療として実現するためには、患者に治療として提供される生きた細胞を調達することが必要である。また、安全で高品質の再生医療を実現するためには、アカデミアや企業におけるヒトの細胞を使った安全性や有効性に関する研究開発が必須である。以上のように再生医療を実現するためには、生きた細胞を提供するドナー(提供者)の存在が必要不可欠であるものの、ドナー(提供者)を効率的に確保する施策について、現時点で有効な方法は確立されていない。
 今回の調査では、「研究目的」、「治療目的」のいずれの場合においても全体の60%程度が「細胞を提供してもよい」という回答が得られており、細胞を提供可能なドナー候補者は多数存在していることが分かった。

2.再生医療治療に好意的な回答者の背景

2.1 献血の経験と再生医療治療の選択との関係性

 治療としての再生医療の選択度について、どのような属性が再生医療の選択度に影響を及ぼしているのか調査を行った。その結果、複数回献血した経験がある場合、献血した経験が無い場合に比べて約20%程度、再生医療治療を選択する割合が増加することが分かった。献血とは、自らの血液細胞を他人に対して提供するdonation(ドナー)行為であり、献血に対する親和性が高い場合は、再生医療の選択度が高くなる傾向があるものと考えられる。

2.2 自分や家族が重病を得た経験と再生医療治療の選択との関係性

 同様に自分や家族が重病にかかった経験がある場合は、無い場合に比べて20%程度多く、再生医療治療を選択する割合が増加することが分かった。重病経験を通じて、輸血(他人の血液を受け入れる)などを経験することで再生医療の選択度が高くなる傾向があるものと考えられる。

2.3 身体の一部の保管と再生医療治療の選択との関係性

 古くから日本では身体の一部を保管しておく習慣が存在している。代表的なものとして「乳歯や抜歯した歯」、「へその緒」、「乳幼児期の毛髪」などがある。これら身体の一部を保管している場合は、保管していない場合と比べて、約10%程度多く、再生医療治療を選択する割合が増加することが分かった。身体から切り離されても身体の一部として大切に扱う考え方が、生きた細胞を用いる再生医療の選択度に影響を与えていると考えられる。

3.再生医療の実施のための細胞提供に好意的な回答者の背景

3.1 献血の経験と細胞提供への協力度の関係性

 2.再生医療治療に好意的な回答者の背景では治療としての再生医療の選択度と属性(献血経験など)との関係性についての結果を示した。ここで再生医療を実施するために必要な細胞提供の意向と属性との関係性についての調査結果を示す。
献血経験と再生医療を実施するための細胞提供との関係性について、「研究目的」、「治療目的」いずれの場合も、献血回数が多くなるほど細胞提供に協力できると回答する割合が増加することが分かった。献血とは、自らの「血液細胞」を提供することであるため、献血に対する親和性と細胞提供に対する親和性には相関があることが想定される。
細胞のドナー(提供者)を効率的に募集するために、献血の複数回経験者を対象としたリクルーティング活動が有効である可能性を示していると考えられる。

3.2 自分や家族が重病を得た経験と細胞提供への協力度の関係性

 次いで、自分や家族の重病経験の有無と再生医療を実施するための細胞提供との関係性について、「研究目的」、「治療目的」いずれの場合も、重病経験がある場合のほうが、細胞提供に協力できると回答する割合が増加することが分かった。

3.3 身体の一部の保管と細胞提供への協力度との関係性

 次いで、身体の一部の保管の有無と細胞提供への協力度との関係性について調査した。「研究目的」、「治療目的」いずれの場合も、身体の一部を保管しているほうが、細胞提供に協力できると回答する割合が増加することが分かった。身体の一部としては2.3と同様に、「乳歯や抜歯した歯」、「へその緒」、「乳幼児期の毛髪」を想定した。

4.細胞提供の条件について

4.1 細胞提供についての条件の重要度について

 細胞提供の可否の意思決定に及ぼす影響度について、「細胞提供時の移動の手間(訪問が必要なことの影響)」、「侵襲の度合い(侵襲性の影響)」や「採取細胞の利用範囲(他人が全てを使用してしまうことの影響)」という3つの提供条件で、影響度合いを聞いた。採取にあたって追加的に訪問する必要があることを重視する回答者が最も多く、50%以上が「おおいに影響がある」、「少し影響がある」を選択した。
海外では細胞の提供に協力したドナーに交通費と小額の謝礼が支払われるなどしており、日本でも負担に対する軽減措置が必要であると考えられる。

5.細胞提供を促進するための工夫について

5.1 細胞提供しない理由について

 「研究目的」、「治療目的」それぞれについて、細胞を提供したくないとした回答者がなぜ細胞を提供したくないと回答したのかについて理由を聞いた。その結果、「研究目的」、「治療目的」いずれの場合においても、「積極的に提供する理由がないから」に次いで、「使われ方などが不明であり、不安を感じるから」が多かった。「研究目的」では24.1%、「治療目的」では20.4%が「不安」を回答として挙げている。

5.2 採取・取扱機関による不安の払しょくについて

細胞を提供する際に、提供した組織や細胞を取り扱ったり、もしくは提供に際して相談やドナー(提供者)登録を行う機関としてどのような機関であれば安心なのか聞いた。病院または公的機関が実施することで安心できるという回答が多く、「病院」が45.8%、「公的機関」が44.3%となっている。「病院」、「公的機関」が説明・採取・取り扱うことで安心感が高まることが期待される。


【調査概要】
調査対象:20代以上の登録者
調査方法:非公開型インターネットアンケート
調査期間:2016年9月5日~9月7日
有効回答者数:1,097人

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